【卒業生お仕事ファイル 第10回】ムサムラcom 武蔵村山高校同窓会ホームページ

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  ジュンオートメカニック勤務
 山郷 聡
  やまごうさとし・第14期生
お仕事ファイル第10回目は、ジュンオートメカニックに勤務し、レース用、一般用のクルマのチューニングを手がける山郷聡さん。モータースポーツとクルマに情熱を傾ける、静かで熱いお話しを聞きました。(取材2007.05.19. 岩井+杉山)
 
まずは山郷さんの仕事を教えてください
ジュンオートメカニックという会社でクルマのチューニングの仕事をしています。実際に自分で工具を使い、手を汚してやる仕事ですね。わかりにくいかもしれませんが、レースに出るような競技車を作ったり、車検の通る範囲で自分だけの車をつくりたいという一般のお客さんに対応するというのが仕事です。またメーカーから依頼されて部品を作ることもあります。
 
どういう経緯でこの仕事を?
ここは今、8年目です。その前はヤナセで6年半ぐらいメカニックをやっていました。高校卒業後、自動車整備の専門学校へ行って、二級整備士の資格を取り、町田のヤナセで働いていました。
 
ヤナセから転職したきっかけは?
ヤナセに就職する前から自分のクルマで草レースで走っていたんです。自分のクルマで自分が走って、自分でいじりたいから専門学校へも行ったのですが、仕事だから別にいいやという感覚で、ヤナセに入りました。専門学校とのタイアップがあったので、割と簡単に就職できました。でもやっているうちに仕事としておもしろくないというと悪いのですが、だんだん自分のやりたいことが出てきてしまって.....。ディーラーというのは決まり切った整備なんです。27歳ぐらいのときに、このままこうやって生きていくのもどうかなと思って.....。とは言うものの、ディーラーの仕事はまた別の難しさがあるから、それはそれですごく勉強になったことは確かです。
 
今の会社を選んだ動機は?
この会社は昔から有名だったんですよ。モータースポーツの記録を持っていたりして、チューニングメーカー業界ではけっこう上のほうなんです。それに地元だし、昔から知っているところでしたから。たまたまモータースポーツ雑誌で社員募集広告が出ていて、それで受けたら受かったんです。
 
高校時代からクルマ好きだったのですか?
最初はバイクでしたね。中学でバレーをやっていたので、高校に入学してすぐにバレー部に入ったんです。でもバイクとかアルバイトでしょっちゅう休んで、それで途中でやめてしまいました。僕が乗っていたのはスズキのRGVガンマというやつです。バイクに乗り出したのが運の尽きですね(笑)。暴走族のようにつるんで走るのではなくてメカやモータースポーツが好きになってしまいました。高校の最後のほうはミニバイクレースという50ccのレースをやっていました。秋ヶ瀬公園や桶川にロードコースがあるんですよ。
 
最初は乗ることに興味があったのですね
そうなんですが、見よう見まねで自分でエンジンをバラしてエントリーしたりしました。乗ることにもメカにも興味があったんです。自分が走って、自分で手を加えたものが少しでも調子よく走ると2倍うれしいから、両方楽しんでいた感じです。その頃にはムサムラの先生も僕の活動を知っていましたよ。一緒にやっていた友達や先輩たちとは今でも交流があります。
 
専門学校時代もレースを続けたのですか?
越生工業技術専門学校で2年間学びましたが最初の1年間はバイク漬け。転倒して骨折したりしてました。でも先輩たちは四輪に乗り始め、ドリフトというのがそのころからはやり出して...。先輩がやっていると、一緒にやっていたバイクのやつらもクルマに転向してしまうんです。専門学校の2年生になった頃には「いいなあ」という気持ちが高まり、それで車を買ってきて四輪を始めたらもうすっかり四輪になってしまいました。最初に買ったのはトヨタレビンAE86です。みんな、一度はあこがれるクルマで、当時中古で60万円ぐらいしましたね。そうこうしているうちに卒業し、ヤナセに就職しました。そして27歳のとき、今の会社に移りました。
 
ヤナセとジュンオートメカニックの違いは?
ヤナセなどディーラーの整備というのは、基本的に故障箇所を外してつけるだけ。ディーラーはものをつくるということをしないのです。でもここはやっていることが全く別なのでキツかったです。まず、溶接なんてやったことがない。ましてエンジンなんて、修理という意味ではオーバーホールを何回かはやっていますけれども、ここはパワーを出すため、チューニングをするためにやるオーバーホールですから。ヤナセでは、何をどうすればパワーが上がるようなエンジンになるか、そういう知識がほとんど必要なかったんです。溶接、研磨、そういうことから先輩に怒られながら始め、最初の1年は本当にキツかったですね。
 
でもその修業に耐えたのですね
何事も3年いないと見えないと思っていましたから。3年我慢してだめなら、もう後はないなと考えてました。そのかわり3年やれたら、そのときは上になってやろうと思っていました。自分を信じるしかないじゃないですか。クルマやエンジンに関するいろんな本を買ってきては読みあさりましたよ。この会社は手取り足取り教えてくれわけではないですから。まるでフランス料理の修業みたいですよ。料理人はそうやってしごくじゃないですか。
大きい会社のディーラーは教育のシステムができています。でもここはそういうのが全くないので、自分に何が足りなくて、足りないものをどういう順番で身につけるか、ということを自分で理解できる人間でなければダメだし、そのためには自分で何かをやることが必要なんです。自分で自分の勉強を組み立てられる人でないと、ダメなんですよ。ですから結構、脱落してしまう方がいます。20人の新人が入っても、3年後には1人しか残りません――なんて言ってしまうと、夢がなくなってしまうかな(笑)。これは極端な話です。
僕は27歳にもなってディーラーから移ってきたから、最初は「そんなやつに何ができるの」という目で見られましたね。自分より年下の人も先輩もいるので、精神的にも厳しかったです。でも、3年たったら抜いてやると思っていました。彼らがしていない経験を僕はディーラーでしてきたし、高級車を扱ってきたというプライドもありました。またヤナセの教育が身に付いていたのだと思います。おかげで仕事に対する姿勢が受け入れられました。
 
海外遠征もあるとお聞きしましたが?
D1グランプリ(クルマを横滑りさせるドリフト走法を競う競技)が去年(2006年)は年間8戦ありまして、1戦目と最終戦がアメリカだったんです。そこにメカニックとして参加しました。クルマは1カ月ぐらい前に船で運び、僕らは飛行機で乗り込みます。僕の製作したスバルインプレッサが2006年のD1グランプリシリーズチャンピオンになったんですよ。
 
いまでは後輩を育てる立場でもありますね
若い人たちが入ってきますがクールというのではありませんが、現実的な子が多いと思います。一回りぐらい下の新人たちですが、考え方なんかがちょっと違うなと思います。ただ、ジュンオートメカニックというマニアックな選択をしただけでも、人とはちょっと違うのでしょうけれど.....。でも、すごいガッツのある人は少ないという印象ですね。
 
最近は就職せず、フリーターになる人も多いです
フリーターの経験がないからわからないですが.....でも今は携帯電話で日雇いができたりする。それがカッコいいこととして宣伝するじゃないですか。それがちょっと危ない。あれは完全に「日雇い」ですよ。それがあっせんする側の商売だということがわかってないやつもいる。ストレートにわかりづらくなっているけど、だまされてはいけないと思いますね。僕がその辺にだまされなかったのは、他人を当てにしてないから。何でも自分で何とかしないと、と思います。何かやってくれると言う人ほどやってくれないですからね。当てにすると裏切られた気持ちになるけれども、当てにしていなければ裏切られたとは思わないから、あまり当てにしないようにしていましたね。
 
若い同窓生達にメッセージを
高校のころ、今の自分をまったく予想していませんでした。バイク、クルマが好きだったから、何とか携わっていければいいのかなと。正直言って高校のときは、30歳までにどうなっているかとか考えたこともなく、漠然としていましたね。漠然とした中で、じゃあ専門学校へ行こうか、就職はクルマ関係かな?みたいな感じで25歳ぐらいまで成り行きで生きてきました。でも結局は自分が好きなことをやればいいんじゃないかと思います。趣味でも何でも、音楽が好きなら音楽でもいい。向いているか、向いてないかはわからないけれども、何でもいいから好きなことをやればいい。それが成功するかどうかはわからないですが、決めたら我慢してやってみることです。他には何を言ってあげればいいんだろう.....難しいですね。好きなことをやるしかないんじゃないかな。
 
山郷 聡さんプロフィール
高校時代からオートバイに親しみ自動車整備の専門学校へ。二級自動車整備士取得。卒業後は外車ディラーのヤナセを経てジュンオートメカニックへ。お姉さんの山郷(現・小川)留美さんも同じく武蔵村山高校出身で7期生。
 
ジュンオートメカニック専務・小山 進さん
今回は山郷さんの上司である専務取締役小山進さんからもお話しを伺うことができました。山郷さんを「ガッツがあると思います。こっちは結構むちゃ難問を言ったりするのですがそれに応えてくれる。むちゃ難問に対して応えてくれれば、こちらもやってあげたいという気持ちになってきますよね。」と評価されていました。ご自身は「来月は香港、ロシア、上海に出張です」という忙しさ。タイの関連会社ではフェアレディZの4輪駆動車を作ってしまったこともあるとか...。独学で身につけた英語をあやつり「行ってないのはアフリカ大陸くらいですね」というバイタリティ溢れる専務さんでした。取材協力ありがとうございました。
ジュンオートメカニックのホームページはこちら
http://www.junauto.co.jp/jun-group/mechanic1.html
 
 
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